अर्थ
N1読解で最も出題頻度が高い設問形式。下線部は決まって比喩・慣用句・抽象的な名詞句・普段とは違う意味で使われた語であり、その意味は必ず下線の前後3行以内に「言い換え文」または「説明文」として書かれている。下線だけを読んでも答えは出ない―「下線を含む一文を丸ごと読む→前後の文に視線を伸ばす→選択肢を本文の言い換えと照合する」の三段の動作が技術。
N1 मा सबैभन्दा सामान्य प्रकारको प्रश्न। रेखांकित भाग सधैं एक रूपक, मुहावरा, अमूर्त संज्ञा, वा अनौठो अर्थमा प्रयोग गरिएको शब्द हो - र स्पष्टीकरण सधैं अघि / पछि 3 रेखाहरू भित्र हुन्छ। अधोरेखित भागलाई मात्र नहेर्नुहोस्: पूरा वाक्य पढ्नुहोस् → वाक्य अघि र पछि एक नजर → पाठमा व्याख्या गरिएको वाक्यसँग आफ्नो जवाफ तुलना गर्नुहोस्।
बाटो अभ्यास गर्नुहोस्
例題8 下線部の意味 池澤夏樹『風神帖』(みすず書房)
問いに対する答えとして最もよいものを一つ選びなさい。
身近なもの、基本的なものほど語源がたどれない。木の名前で考えてみよう――
マツ 松 スギ 杉 クス 楠 (中略)
マツをなぜマツと呼んだのか。それぞれ日本語としての音の由来には説明がないのだ。いつも寝ているから「寝る子」からネコになった、という類の民間語源説があるけれど、猫の属性は寝るだけではない。他を排してその点にばかり注目した理由は何か。
基本語彙の語源は本当は問うてはいけないのかもしれない。地面の高いところがヤマと呼ばれ、常に水が流れるところがカワと呼ばれることの理由を聞いてはいけない。日本語の起源に遡って、例えばタミル語であるなどと説を立てても、それで語源が明らかになるわけではない。①問いはただそちらへ持ち越されるだけだ。
練習26 比喩の下線部 齋藤孝「「するめ」をかみしめよう」『ああ、腹立つ』新潮社 (注1)漱石・鷗外:夏目漱石、森鷗外。明治・大正期の代表的小説家 (注2)総ルビ:漢字全部にふりがなをつけること (注3)暗誦:文章を記憶して口に出して言うこと (注4)素読:意味を考えずに声を出して文字だけを読むこと
問いに対する答えとして最もよいものを一つ選びなさい。
最近私が腹が立ったのは、小中学校の国語の教科書に対してだ。中学校の教科書から漱石・鷗外(注1)が消えたのはニュースになった。しかし、それ以前から小中の国語の教科書は質量ともに薄かった。驚くほど幼稚な文章ばかりだ。世界の文学や批評は皆無に近く、グローバル化に逆行している。
これでは、硬くて栄養のある言葉から栄養を吸収するだけの強いアゴと腸が鍛えられない。ファーストフードのような柔らかいものばかりでアゴが弱くなってきているが、言葉を嚙み締めるアゴの力も弱められている。国語教科書が①ハンバーガーになってしまっているのだ。
文章はすべての意味がわからなくてもいい。幼児にモーツァルトを聴かせるように、子どもに総ルビ(注2)で最高の日本語をはじめから与えるべきだ。暗誦(注3)や素読(注4)の文化が培った感性は、生涯にわたって生きる。「満足できるわからなさ」には味がある。
練習27 下線部の意味(違います) 畑村洋太郎『危険不可視社会』(講談社)
問いに対する答えとして最もよいものを一つ選びなさい。
いまの日本社会では、万一事故が起こったときに、管理者が徹底的に責められる風潮があります。その意味では、安全対策が「危険の管理」ではなく「危険の排除」の方向にいってしまうのは自然の流れかもしれません。
本当に管理がいい加減である場合は責められても仕方がないと思いますが、被害者自身が禁止行為や予想外の行動をしていたり、原因が想定外ないし未知の問題であったりするときなどは①違います。こういうケースでは、設計者や管理者が失敗の経験を生かし、危険を制御する方向で安全対策を見直すことが社会の利益にもなります。
練習28(補完) 下線部の意味(比喩・専門分化) オリジナル問題(本書の技法に沿って新規作成)/本書の練習28は参照元ページで設問が欠落していたため、同じ技法で作成
問いに対する答えとして最もよいものを一つ選びなさい。
学問が進むというのは、必ずしも見える範囲が広がることではない。むしろ多くの研究者は、年を経るごとに①細い井戸を掘り下げていく。地表では隣り合っていたはずの分野が、深くなるほど互いに見えなくなり、やがて同じ大学の同じ階にいながら、相手が何を面白がっているのかまったく分からなくなる。
掘らなければ水は出ない。浅く広くならしただけの土地からは、誰も飲めない。それは分かっている。分かってはいるが、掘り手たちが井戸の底から見上げている空が、それぞれ違う形をしていることには、もう少し注意が払われてよいと思う。