例題11 例を問う 浅川千尋、千原雅代、石飛和彦『家族とこころ――ジェンダーの視点から』(世界思想社)
問いに対する答えとして最もよいものを一つ選びなさい。
ある2歳の女の子が、道路で風に舞う花びらを見て、「うわあ、お花がダンスしている!」と嬉しそうにはしゃいでいた。ほほえましい風景だが、2歳児になると、このように、無生物をあたかも生きているかのようにたとえて言うことができるようになる。これを「象徴機能」すなわち、「イメージを使う力」と呼ぶ。私たちが、マッチ箱を車に見立てて「ぶーぶー」と子どもの目の前に走らせるとき、「車」という心のなかのイメージがマッチ箱に投げかけられているのであり、そこから「見立て」遊びが可能になる。
子どもは2歳台になると、認知機能の成熟と母親への愛着に支えられ、こうした「心的イメージ」を育むことができるようになる。そして、心の世界が生まれ、小さな男の子や女の子にすぎない子どもが、心のなかではスーパーマンになったり、お姫様になったりすることができるようになるのである。この象徴機能が使えるようになると、子どもの心の世界はぐんと豊かになり、広がりを見せるようになる。すなわち、この時期の子どもは、心のイメージの世界を豊かにすることを通して、自らの人格の土台を築き上げるのである。
練習36 例を問う(機会の平等) 橘木俊詔『格差社会 何が問題なのか』(岩波書店)
問いに対する答えとして最もよいものを一つ選びなさい。
機会の平等については、二つの原則があります。一つは「全員参加の原則」です。たとえば、人が教育を受けたい、就職したい、昇進したいと希望した時に、望む人は全員参加できる、すなわち候補者となる機会が与えられるべきだという考え方です。もう一つは「非差別の原則」です。たとえば、人が何らかの職に就きたいと考えたとき、そこには選抜があります。この選抜を行う時に差別をしてはならないという考え方です。男性か女性か、若いか年寄りかといった個人の資質によって、差別されることがあってはならないということです。
この二つの原則が満たされていれば、その社会は多くの人に機会の平等性が与えられていると言えるでしょう。しかし現実には、そのような二つの原則が達成されていない場合が少なくありません。
練習37 例を問う(言葉と嘘) 池田晶子『私とは何か さて死んだのは誰なのか』(講談社)所収「嘘つきって何?」 (注1)騙る=人をだます。「語る」(かたる)と同音の言葉遊び。
問いに対する答えとして最もよいものを一つ選びなさい。
人間は、言葉を話す唯一の動物である。人間とは言語的動物であるというのが、私の定義である。人間は、言葉を手に入れた瞬間に、嘘をつくことを覚えた。言葉の機能とは、ある意味で、①嘘をつくことにあると言ってもいい。実際には存在しない物も、その名を言えば、それは存在する物として通用することになる。「水をください」と言うために、実際の水は必要ないのである。
小説や物語などは、言葉のこの嘘をつく機能を、自覚的に使用するもので、実際にはありもしない話も、うまく語れば、まるで本当であるかのように人には読まれる。いわゆる「文学的真実」とはこのことで、嘘によってこそ真実は語られるというわけだ。
作家でなくとも、我々が日常普通に話をするということは、自覚的にせよ無自覚的にせよ、絶え間なく嘘をついているということなのである。実際にはそうではないことを、そうであるかのように語ってみたり、本当はそうとは思っていないことを、本当にそう思っているかのように語ってみたり、人が語るとは、まさしくそういうことではないか。「語る」とは「騙る」(注1)に他ならないのである。